20130101

The Remains of the Day (1993)






あけましておめでとうございます。
今年の抱負は「脱☆三日坊主」です。よろしくおねがいします。
今年の目標は映画60本より多く観ること!にしようかとおもいましたが、
最近量よりは質(というよりイギリス)なのでどうなることやら。
90年代物も含め、古めのを観ていきたいです。



そしてそして、昨年やり残していた記事が…。最後で最高の映画でした。


1993年公開の「日の名残り」です。原作はイギリス在住の日系2世カズオ・イシグロの同タイトルの小説(1989年)です。最近公開された映画「私を離さないで」(Never Let Me Go)の原作の作者でもあります。イギリスらしい小説も書いてるんですね…。私はヴィレッジ・ヴァンガードで買った「私を離さないで」の和訳に挑戦したんですが、挫折しました…なつかしい大学受験前の話。かれこれ3年ちょい前ですか。あれ以降イシグロ恐怖症で挑戦してません…そろそろ原文で読んでみようと思います。

ちなみに、この映画は「ヘリテージ映画」(heritage = 財産や遺産という意味、world heritageって書く”世界遺産”のそれねー)と呼ばれる、「イギリスらしい」映画の一つ。この「ヘリテージ映画」たちは90年代あたりに、映画館での観客がハリウッド映画に奪われてたため、それに対抗する形で作られたんだとか。







ほわー。素敵でした。
この一言に尽きる。主人公は執事なんですが、これがまた良い。きっと元来ならば、支配層(この場合ダーリントン卿など)をメインに描くことのほうが断然多い。けどそうじゃなくて、あくまでも主役は労働者階級の執事。彼の身分からして、たとえ主人が合っていようと間違っていようと、自分の意見はいえない。けれど、「紳士」と呼ばれる人たちの元で育ってきたからには、それなりの教養や考えもあるはず。その間で主人公は揺れる、ジレンマを感じる。



ごく簡単にお話の内容:

主人公のスティーヴンは、侯爵でもあり政治家でもあるダーリントン卿にずっと仕えてきた。しかし侯爵の死後、そのダーリントン・ホールはとあるアメリカ人の富豪が購入し、スティーヴンは彼に仕えることになった。そこで女性のスタッフとして、以前そのお屋敷で働いていた(そしてその頃手紙をもらった)ミス・ケントンはどうか?と考えるようになる。ダーリントン・ホールが売却されるまでの経緯をスティーヴンの回想という形で、第二次世界大戦目前の時期を中心に物語が展開される。(まったくもって意味不明なのでgoo先生を参照してください、ぺろ)


と執事のお話なんだけど な ぜ か ロマンス。ミス・ケントンとの「あれ?もしかして?」止まりの。
歯がゆいねぇー。というか熟年ラブ?なんか、どっちも歳が行き過ぎてるように見えてしまって…。それよりアンソニー・ホプキンズが某ニュース番組のOさんにしか見えなくて焦った。エロおy… おやおや、だれか来たようですね。

共感できなかったので彼らの関係についてはかかん。


まずしょっぱなのシーンから分かることは、アメリカとイギリスの関係。ダーリントン・ホールのようなカントリー・ハウスはイギリスの上流階級の象徴ともいえる。それがイギリス人からイギリス人の手に渡ったならまだしも、アメリカ人ときたもんだ。しかも富豪。第二次世界大戦後は、もはやイギリスが世界をリードするような世界ではなく、アメリカが世界一という状況。そんな状況を作ったのは、皮肉にも、この屋敷の持ち主であったダーリントン卿その人。


回想される過去の1938年、このダーリントン・ホールでは様々な「会議」が行われていた。この時点で、私たちの感覚からするとおかしいのかもしれない。仮にも家であり、私的な空間である場所で、ナチスとの今後の関係をどうするか話し合う(そしてそこでの意見がそのまま実際の政治に反映する)とか、公私混同にも程がある!しかもその会議とやらが全くオハナシニナラナイ、みんな子どものように好き勝手する間に進む(フランス人のデュポンとか、もはや笑う)。そしてナチス相手を、従来のように「徳」と「偽善」でどうにか解決しようとする。そりゃあルイス(アメリカ人)も批判するわけよ。「お前たちはみんな立派な紳士かもしれないが、政治においてはアマチュアだ」と。よくぞ言ってくださった!(ぱちぱちぱち)

こーんなおうち。

そんなとある「家」での決断が、歴史にも残る大戦争を引き起こしてしまった。それは間違いなく、ダーリントン卿をはじめとしたヨーロッパの「紳士」たちの安易で、非プロフェッショナルな考え方によって。「家」の中で行われるようなままごと遊びでは、もはや通じない世の中になっていたことを、彼らは気づいていなかった。たぶん気づいていたけど、目をそむけていたんだと思う。

伝統を重んじるばかり、そして秩序を重んじるばかり、ルイスのようなアメリカ人(「新しさ」「ラディカル」の象徴)の若造の意見なんて聴こうとも思わなかった。彼らの存在自体がアナクロニスティックだったのに。後にこのダーリントン・ホールの所有者となるのはルイスなんだけど、彼がその時言った事(アマチュア発言)に関しては、「僕何言ったっけ?まったく覚えてないや」と言うあたり、きっとアメリカの衰退はこれからだと言いたいのかな。

from www.moviescreenshots.blogspot.com

アメリカはヨーロッパのような歴史や伝統がない。だから彼らは伝統にある種の憧れを抱いているわけで、そんなことからルイスもイギリスのカントリー・ハウスなんかを買ったのかもしれない。けど、これは今のアメリカの物の見方や仕方が、やがてはWW2前のイギリスのように時代遅れになってしまうかもしれないこと、そしてまた過ちを犯してしまうことをも示唆しているのかも。


話を戻して、ここで行われている「国際会議」は聴こえは立派かもしれない。けれど結局は家の中のままごと遊び。そしてその裏で、その参加者を支えている執事や使用人たちの間の問題はドメスティックな事柄だけど、両者には優劣がない。同じレベルの事だということ。




裏の世界(使用人の世界)でフォーカスされているのは、スティーヴンの父であるウィリアムの事。ウィリアムは高齢すぎて給仕がもうできないような状態にあるわけだが、それを認めたくないスティーヴンは誰が何と言おうと、父に給仕をやらせる。スティーヴンがトップの執事であるため、上下関係が逆転しているのがまたまた厄介。本来なら父親が最初であるところ、息子が上なんだから。

最終的に、スティーヴンがしきたりや父を敬うといった価値観はもう存在しないのだと気づかされるのが、上で話したルイスのアマチュア発言の時だと思う。執事のプロは「名誉」(honor)によるものではなく、能力によるものであるという事に気づかされた。スティーヴンは、ミス・ケントンにも「父にはもっと敬意を払って」と言っていた(名前で呼ばないで、ミスター・スティーヴン・シニアとでも呼べ!ってセリフからもわかるように)。けど、それは自分が老いていく父を見たくなかったから、自分の職業に誇りを持っているから、同じ経験を積んだ父が無能な姿を見たくなかったから。それに気づいた時には、ウィリアムが息を引き取ってしまうのがうるうるポイントだねー。


父と子の関係は、カーディナルとスティーヴンにも当てはまる。カーディナルの代父であるダーリントン卿に、「コウノトリが赤ちゃんを連れてくるわけじゃないのよー」的なアレを教えてやってくれと頼まれてしまう。けれど、その会話はいつも何かにさえぎられてしまって、結局することができない。それは、ドイツ人(ナチスの人?)がお屋敷に来た時もそう。「いつも君と話がしたかったよ」というまだ若いカーディナルと歳を取ったスティーヴンには価値感が違う。身分が違うわけだから。結局その時も、カーディナルが事を重大さを知らしめるのにスティーヴンはぼーっと、他人事のように自分には無関係だという。スティーヴンは、伝統を重んじる世代と新しいラディカルな考えを持つ世代とに挟まれてしまっていて、労働者だし執事だしなのに更に窮屈そうでかわいそうだ。


スティーヴンは、後にカーディナルが死んだと告げている(しかも淡々と…内心はそうでもないんだろうけど)。彼が死んだのはDunkirk(ダンケルク)で、これはWW2の中でも重要な戦いだったらしい。ここではドイツ軍が勝ったけど、チャーチルの作戦(ダイナモ作戦)で数十万人の兵士が救出されたらしい。映画「つぐない」でもこのシーン出てくるねー。




印象的だったのは、ワインボトルを割ってしまうシーン。


このワインは1913年のもの(Dow 1913)なんだけど、1913年と言えば第一次世界大戦がはじまる直前の年。つまり、このワインの破損は第一次世界大戦と同じ事が繰り返されてしまうことを表しているのだと思う。伝統と秩序がまだ重んじられていた時代の物、そしてその瓶が割れて真っ赤なワインが血のように流れ出す。上で密かに行われているドイツ軍との密会、そこでの何らかの見解の一致(イギリスのナチスに対する宥和政策)。それによってもたらされる戦争、そして繰り返された歴史への後悔。これは同時に、スティーヴン自身のミス・ケントンとの恋が実現しなかったことへの後悔も描いているのだと思う。執事という自らの考えを表に出さない職業柄、自分の本当の気持ちをミス・ケントンには言えなかった、それに対する後悔。切ないー。





このお屋敷、ロケ場所はDyrham Park(ダイラム・パーク) という場所。めーーーっちゃ広大。
やっぱりイギリスの緑好きだ。





この本にも「イギリスの階級制度」について書いてある箇所に、この映画が言及されてます。古い映画から最新の映画までカバーしてて読みやすいなーと思う。イギリスはもちろん、アメリカ文化についても触れているので興味があれば是非一読を:)


今日、ちょうど文学におけるMarxismの支配層ではなく彼らを支える側の視点の文学があまりないっていう批判?に触れたんですけど、これはその支える側ということになるのかな。なんて考えたり。ま、違いそうー。

相変わらずの読みにくい支離滅裂文章だわー。




★★★★☆ (4.5)
Dir. by James Ivory (ジェームズ・アイヴォリー)
Screenplay by Ruth Prawer Jhabvala
Music by Richard Robbins
Cinematography by Tony Pierce-Roberts
12/28/2012

0 コメント:

コメントを投稿

 

Blog Template by BloggerCandy.com